蓮池通信
子ども×神奈川県立美術館・鎌倉館

神奈川県立近代美術館での活動1
2006年度5年1組 2007年度6年1組

附属鎌倉小学校2006年度5年1組は卒業するまでの2年間、「(美術)鑑賞」を柱に学級経営を行った。 子どもたちの「美しいものを美しいと素直に感じる気もち」をもっている実態と、 「自分と異なる価値観を受け入れてほしい」「自分の感じたことを素直に発言してほしい」という担任の願いから、 答えがなく、様々な価値観を共有できる「鑑賞」がこの学級を経営する上で有効と考えたからである。  日々の実践では、作品をみて感じたことを自由に発言し、仲間の発言を聞き、 自分の感じたことと仲間の意見を照らし合わせながら考えを深め、最後に自分なりの見方を伝えるという 「みる・はなす・きく・かんがえる・つたえる」ことを大切に学習してきた。 その結果、子どもたちは美術作品から沢山の言葉を自由にひろい、仲間の様々な価値観と照らし合わせながら少しずつ自分なりの見方ができるようになった。 また、鑑賞への関心が高まるにつれ、美術館が子どもたちにとって行ってみたい場所となり、 学校に隣接する神奈川県立近代美術館鎌倉館を中心に何度も足を運ぶようになる。 そして、その後の「水面をみつめよう」や「美術館をつくろう」の活動につながっていくことになった。

2006年4月~7月「作品から言葉をひろおう」

通学路にあるにもかかわらず、いつも素通りしていた近代美術館鎌倉館。1学期から少しずつ名画に親しんできたせいか子どもたちがようやく美術館の存在に気づき、「みんなで行こう」ということになった。9月はちょうど所蔵作品展と重なり、1学期に学校で鑑賞していた作品が何点も展示されていた。美術館に入るなり、「あっ!学校でみた絵だ!」と本物の作品に吸い込まれていく子どもたちの姿が印象に残っている。午前中は作品から自由に言葉をひろい、ワークシートに書きとめた。どの子も初めて味わう美術館の空気と本物の魅力にいつもの数倍の集中力で作品と向き合っていた。本当に気に入った作品を見つけた子は、2時間近くも作品の前に座り込みワークシートが真っ黒になるまで言葉を拾っていた。

午後は学校に戻り、グループでそれぞれがひろった言葉を発表し、意見交換をした。その中で仲間の発言を聞いて「そんな作品あったっけ?」「気になるなぁ」などのつぶやきが出てきた。みているようでみていない自分に気づいた瞬間だ。午後はその気になったものを確かめに、再度鎌倉館へ出かけた。一度美術館を離れて自分の気持ちをリセットするとまた作品の見方が変わるようで、それぞれの子が新しい発見をしていた。結局初めての鎌倉館は1日日程になった。「話してはいけない。走ってはいけない。遊んではいけない。」と元気印の子どもたちにとっては「いけない」ことばかりだったが、不思議と1日美術館の中で落ち着いて生活できた。普段は学校では学習や行事、家庭では塾などの習い事に追われ、大人顔負けの忙しい毎日を送っている子どもたちだからこそ、ぼ~っと作品をみながら想像を広げる時間はとても有意義だったのだと思う。

2006年10月~ 「水面をみつめよう」

後日、鎌倉館での鑑賞をふりかえる時間をとった。 様々な作品の名前を挙げながら自分が感じたことを自由に発表しあっていたが、いつしか話題は「鎌倉館の究極の作品について」になっていた。 ほとんどの子どもたちが口を揃えて究極の作品は1階ピロティの「天井」だという。 鎌倉館は八幡宮の平家池に面しており、ピロティの天井部分が大きく平家池の一部を覆っている。 晴れた日は日差しが水面に反射して、水の波紋の影が天井に映り、風などで水面の模様が変わると天井に映る影も変化する。

何人もの子どもたちがその美しさに目を奪われたようで、後日またその天井や水面だけを鑑賞しに鎌倉館へ出かけた。 あまりにも日常的で気にも留めていなかった「水面」。 子どもたちはじっくりみて、様々な言葉を拾う ことであらためて「水面」の不思議さ、美しさを感じはじめたようだった。

学校に戻り、この不思議な水面をかつての画家たちはどう表現したかを鑑賞することになった。 モネ、シスレー、福田平八郎、山口蓬春…。 水辺を描いた名画の水面部分だけを鑑賞し、水面だけで周りの風景や季節、時間、温度などが読み取れることに気づいた。 その気づきを表現に活かそうとベニヤ板に液体粘土とアクリル絵の具を使って自分の水面を表現した。 液体粘土を使って半立体にしたのは目だけでなく、手でさわって水面を感じてほしかったからである。 子どもたちは実際目にすることのできないベニヤ板の周りの風景を想像しながらこだわって表現していた。 この授業のあとは一時的ではあったが水溜りに映る景色や空の色、夕日の美しさなど身のまわりの自然に、敏感に反応する子どもが増えたのは興味深かった。

「水面をみつめよう」活動の流れ (PDF)

2006年11月~ 「美術館をつくろう」

美術館での鑑賞はクラス文化を発表する学芸的行事「こすもぴあ」でも生き、ミニ近代美術館をつくって全校児童や地域の方々、鎌倉館の学芸員とそれまで鑑賞してきた作品をとおしてギャラリートークに挑戦した。 またテラスには水をはり、教室の天井に鎌倉館の究極の作品「水面の波紋の影」を映す試みもした。 これらの取り組みで興味深かったのは、人と関わることが苦手な子たちが作品をとおして共感的に関わっている事実だった。 知識に傾倒しない自由な鑑賞は、年齢差のある人をフラットな関係にし、コミュニケーションを促進する効果があることを実感した1日となった。

2007年2月 「1年生と神奈川県立近代美術館 葉山へ」

3学期。こすもぴあの美術館発表に興味を持ってくれていた1年生が近代美術館に連れて行ってほしいとやってきた。 子どもたちは嬉しい反面、1年生が美術作品に興味を示してくれるかどうか不安も感じていたので、美術館に出かける前に1年生と5年生のペアで近代美術館作成の「Museum Box宝箱」(所蔵作品のアートカード)を使って遊んだ。 2枚のカードの共通点をみつけるトランプ型ゲームやカルタ型ゲーム、カードをどんどん並べて物語をつくるなど5年生のリードのもと1年生は遊びをとおして作品に親しんでいた。

後日、アートカードの作品が多く展示されていた葉山館に1年生とペアで出かけた。 美術館の空気に果たして1年生がどこまで馴染むか不安もあったが、アートカードで作品に親しんでいた1年生は「カードの絵だ!」と興味をもって5年生とギャラリートークをしていた。 5年生にとっては、1年生をリードすることで言語力や美術館でのマナーの向上など自分たちの成長を確かめる機会となった。

休み時間も鎌倉館へ

本校は美術館が隣接しているため、美術館に興味のある子、休み時間に特に予定がない子、散歩がしたい子などを連れて気軽に休み時間も出かけた。 何をするわけでもなく、ただただ美術館や美術館の周りの自然や空気にふれる。 ある子は天井に映る水面の影に目を奪われ、ある子はぼんやりと池を眺める。 騒然とした学校から離れ、深呼吸をしているようにも見えた。 そのうち子どもから他愛もない話がポツポツと始まる。

「なんだかこの時間っていいね」

「最近こんなことにはまってる」

「ちょっと悩んでるんだけど…」

「今度クラスでしてみたいことがあるんだけど…」

「本を読みに美術館に来てみようかな」

「1日美術館でのんびりとしていたい」・・・

ゆったりとした時間の流れの中で子どもたちと池を眺めながら他愛もない話をする。これも美術館の存在価値のひとつだろう。

また、美術館は子どもにとって先生や親から干渉されない「自分だけの時間」を過ごせる空間でもある。 ひとりで考え事をしたいとき、悩んでいることがあったとき、親とケンカをしたとき、ゆっくり本を読みたいときに美術館に足を運ぶ子もいる。 美術館での鑑賞を繰り返す中で生活の中の選択肢に美術館が増えたことは一つの成果といえるだろう。(高松)

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