蓮池通信
子ども×神奈川県立美術館・鎌倉館

神奈川県立近代美術館での活動3
2008年度2年2組

低学年の鑑賞では、遊びなどの生活の中で五感を使った直接体験を十分に積んだり、作品や身のまわりものの中から何かを「みつける」「みたてる」楽しさを味わったりすることを大切にしている。

この低学年の五感を使った直接体験から、中学年では作品やものをよくみて、季節・温度・時間・匂い・音・味・感触などの鑑賞の視点をもち、自由に想像を広げたり、物語や詩をつくったりできるようになる。 そして、高学年ではその視点を使いながら自分なりの見方で作者の表現意図や主題に迫る。 また小学校で培った鑑賞の力は、中学校では自分なりの見方だけでなく、作品の背景や作者について知識を得ることで見方を広げていく姿につながる。

2年2組では1学期、生活科の町探検の中で神奈川県立近代美術館鎌倉に興味をもった子どもの声をきっかけに、鎌倉館で開催された子どものための展覧会「あの色/あの音/あの光」展に出かけることになった。

2008年6月 「あの色/あの音/あの光」展に行こう

昨年までの活動から、美術館に出かける際は、事前にアートカードを使用して作品に親しんでおくことが充実した鑑賞につながることがわかっている。 2年2組でも事前にアートカードを使って4人グループで作品に親しむ学習を行った。 なお、アートカードについては、「Museum Box宝箱」(近代美術館作成の所蔵品カードセット)は使用せず、「あの色/あの音/あの光」展に合わせて、展示作品から新たにカードを作成した。

  1. ヒントゲーム
    音や匂い、感じなど抽象的なヒントから具体的に描かれているものや使われている色までいくつかのヒントを少しずつ伝え、わかった時点でカードを取るゲーム。自分だけの見方だけではなく、ヒントをよく聞き、「そういわれるとそうみえるなぁと」と見方を広げることをねらいとした。
  2. 宝探しゲーム
    あらかじめ校内のどこかに忍ばせたアートカードを子どもたちが探すゲーム。探してみつけることで作品に親しみをもつことをねらいとした。

カードゲームをした後に鎌倉館に出かけたが、大半の子どもが本物の作品を目の当たりにして興味をもって鑑賞していた。

「カードの絵だ!」
「カードよりきれい!」
「耳を近づけると音がきこえてきそう」
「第1展示室が あの色、第2展示室が あの音、第3展示室が あの光 だ!」…

この興味をもって作品をみる子どもたちの姿から、美術館で充実した時間を過ごすためには、事前学習で作品に親しんでおくことが有効だと再確認できた。

「Museum Box 宝箱」を活用した授業実践例

もっと知りたい!「Museum Box 宝箱」(神奈川県立近代美術館)

館内での子どもたちは、展示作品以外についてもみることを楽しんでいた。 特に1階のテラスでは、景色の中に植物や珍しい生き物をみつけて喜んでいた。 展示室で作品をよくみて、みることを意識しながら1階に下りてくる。 そして景色に目をやると普段は気づかないことを発見する。 子どもの姿からあらためて美術作品から自然の鑑賞へと流れる鎌倉館の魅力に気づいた。

戻る

2008年10月 「にじのびじゅつかん」

2学期は早速、1学期の鎌倉館での鑑賞が10月の学芸的行事「こすもぴあ」において「にじのびじゅつかん」の発表につながった。 子どもたちは「あの色あの音あの光」展を意識しながら、クラステーマの「にじ」を大切に表現してきた図工の作品を中心に展示を工夫した。 また、それまで授業で行ってきた「みつける」「みたてる」鑑賞をいかした「かんしょうクイズ」や「トリックアート」 「かげえクイズ」のコーナーも主体的につくり、全校の子どもたちや保護者、地域の方々、近代美術館の学芸員とも交流した。

にじののれんをくぐると教室全体はにじの色のやわらかい光に包まれ、見る人の気持ちを心地よくしてくれた。 そして何よりも自信を持って活動している2年生の子どもたちの「みてほしい」「楽しんでほしい」「感じてほしい」という素直な気持ちが見る人にストレートに伝わっていた。

この活動をとおして、子どもたちは色や形のイメージを人と共有する心地よさを知るとともに、「にじのびじゅつかん」をつくることで、 それまで以上に近代美術館鎌倉と自分たちとの距離を縮め、「また近代美術館に行ってみたい」という気持ちを高めることができた。

戻る

2008年10月 「おかむらけいざぶろう」展に行こう

こすもぴあを終えたある日、「近代美術館のポスターが変わったよ」「あの色あの音あの光じゃなくなったよ」「今度は動物の絵だよ」「また行ってみたい」と数人の子が声をかけてきた。

そこで後日鎌倉館で開催されている「岡村桂三郎展」に出かけることになった。 岡村桂三郎さんの作品は、屏風仕立ての大きな板のパネルに空想の動物が描かれている。 館内に入った瞬間の空気感はまるで「あの色あの音あの光」展とは異なっていた。

そこで、同じ美術館でも展示内容によって異なる空気感を味わってほしいと思い授業を組み立てた。 またそれまで大切にしてきた「みつける」「みたてる」鑑賞に加えて、五感をつかった鑑賞への意識を高めた。 低学年の子どもたちは生活科を中心に体全体、つまりは五感をつかって様々なことを体験している。 したがって低学年の児童にとっては五感をつかった体験から鑑賞に取り組むことが、より自然で、みる視点を増やすことにもつながると考えた。 この授業以後、子どもたちとは「作品を目や鼻、耳、口、手を使ってよくみる」という言葉を意識した。

「岡村桂三郎展」では、以下の(1)(2)(3)の課題順にワークシートに記述させた。

  1. 「心でよくみる」:美術館に入ったときの素直な気持ち
  2. 「目でよくみる」:絵の中にみつけたもの、みたてたもの
  3. 「耳でよくみる」:絵の中からきこえてきそうな音や声

また、人とかかわり、自分のみかたを確認し、さらにひろげる意味で一つ一つの課題の合間に全体で報告する時間を取った。

例えば(1)の後の報告では、 「くらかったよ」「洞窟みたいだった」「うん。くらかったけどあの色あの音あの光よりも静かだったよ」「たしかに」「僕はこわかった」「恐竜みたいのが描かれていた」・・・。 子どもたちはどんどん自分が感じたことを報告する。 そして教師はそれらの感じ方をすべて認め、全体で共感できる空気をつくることに努める。 そのうち、ある子の「キリンがいたよ」という声に、「え?そんなのいたっけ?」という反応が出る。 教師もいっしょに驚くと、またある子が「小さな魚もいたよ」、「ヤギもいた」と続く。 すると、子どもたちはもう一度展示室に行って確かめたいという気持ちになる。 そうして子どもたちは(2)(3)の課題へとスムーズに移ることができた。

詳細はブログに掲載

明るい世界が印象に残った「あの色あの音あの光」展とは全く雰囲気の異なるモノクロの世界の「岡村桂三郎」展は、 当初低学年の子どもたちにとっては難しいと感じていたが、大きさに圧倒されるとともに洞窟を感じさせるような暗さにマイナスイメージではなく、 心地よい静けさというプラスのイメージを感じ取っていた。また、同じ鎌倉館でも展示作品によって空気が変わることも子どもなりに感じ取っていたことが成果だった。

戻る

2009年1月 「冬の所蔵品展示」に行こう

2年2組では「冬の所蔵作品展示」を見越して、11月に近代美術館作成の「Museum Box宝箱」を使ったゲームをとおして作品に親しむ活動を行った。 ゲームでは,これまで取り組んできた「みつける」「みたてる」鑑賞に加えて,音や匂い,季節…などの作品をみる視点を新たに取り入れた鑑賞ゲームに挑戦した。 「宝探しゲーム」では、作品と場所のイメージを結びつけて校内にカードを隠す新しい試みをしたが、 子どもたちはグループで作品のイメージを話し合い、共感しながらカードを見つけ出していた。 このゲームをとおして子どもたちはまた美術館へ行ってみたいという気持ちになった。

「冬の所蔵作品展示」では、いつものように「みつける」「みたてる」活動を中心に鑑賞した。 冬の展示は展示作品数が多く、低学年の子が目的意識なく全てを鑑賞しようとすると表面的にみるにとどまり、 鑑賞の楽しさを感じないまま活動はあるが、内容のない授業になってしまう可能性がある。 したがって、子ども一人ひとりに目的意識をもたせるいくつかの手だてをうち、展示作品の多い美術館においても充実した活動ができるようにしたいと考えた。

まず1つは、導入の虫眼鏡ゲームである。 作品の一部を拡大したカードを見せ、そのカードがどの絵の一部のものかをみつけるこのゲームは、 子どもに「作品をよくみよう」という目的意識をもたせることをねらいとした。 ゲームでは、子どもたちは渡されたカードと同じ作品が展示されていると思い、 なかなか見つけることができないでいたが、絵の一部がカードになっていると気づき、みつけることで、「もっとよくみないといけないなぁ」という思いになっていた。

「虫眼鏡ゲーム」で展示作品を大まかに掴んだ後は、匂いゲームである。 フィルムケースの中に匂いのもとを入れ、その匂いを感じる作品をみつけることに挑戦した。 ハーブや木くず、コーヒーに香水など20種類の匂いを準備した。 一回り目の「描かれているものをみつける」から「鼻をつかってよくみる」へ視点を変えることで二回り目でも新鮮な気持ちで作品と対峙できると考えた。

以上の2つのゲームは4人グループに分かれて行ったが、それは正しい答えのない鑑賞においては人との関わりが自分の見方を広げてくれるからである。 実際のゲームでは、これまでの学習が生き、互いに感じたことを素直に発言し、聞き、見方を広げる子どもの姿が見られた。

最後に、附属鎌倉中学校の1年生(2007年度6年1組有志)からの手紙を読んで、その内容に合っていると感じる作品をみつける新しい試みをした。 事前に中学生がある作品について、描かれているものや色、かたち、感じる匂いや音、みたてなどを交えて2年2組のみんなに手紙を書いた。 その手紙を読み、作品をみつけることで「虫眼鏡ゲーム」や「匂いゲーム」だけでは見落としていた作品のよさに気づいてほしいと考えた。 また、これまで鑑賞では仲間とのかかわりをとおして自分の作品の見方を広げることを意識してきたが、最後の手紙ゲームは「ひとり」で取り組むことを意識させた。

日々、高学年の授業においては「ひとり」になって自分の内面をみつめる大切さを伝えているが、 それは多様な価値が溢れる集団生活の中で見失いがちな「自分らしさ」を問い直してほしいからである。

まわりの目が気になる高学年の子どもたちにとって「ひとり」になることはハードルが高く、やはり低学年のうちから集団生活の中でも「ひとり」になることの選択肢をもたせることが大切だと考えている。 中学生の不確かな言葉やヒントをもとに答えのない答えを「ひとり」で探すことは、広い美術館の中をフワフワ漂うような不安感を覚えるかもしれない。 しかし、答えは自分の中にあるということを少しでも感覚として掴んでほしいと考えた。 子どもたちは手紙を読み、それぞれの子が自分の中でより納得のいく作品を選んでいた。 中にはどの作品もあてはまらないという子もいたが、それは何よりも中学生の言葉が作品の見方の押し付けにならず、自分の見方や感じ方を大切にしている証だと感じた。

中学生の手紙や2年生の返事の言葉はブログにて掲載

2年2組の図工は1年間近代美術館鎌倉とともに歩んできた。 私自身高学年を担当することが多く、低学年の子どもたちを対象に美術館で効果的な学習ができるのか不安な面もあったが、 まず取り組んだ結果言えることは、感覚が柔らかいうちに、また自分と美術館との間に敷居をつくってしまう前に美術館や本物にふれることが大切だということである。 子どもの頃に知識偏重の鑑賞教育を受けた経験がある大人や、美術や美術館に興味のない人にとっては、 美術館は敷居が高く、作品から何か難しいことを感じ取り言葉にしないといけないという意識になることがある。 つまりは、それまでの余計な経験や考えから色眼鏡で美術館をみているのである。 しかし、眼鏡に色がついていない低学年の子どもたちが素直に感じたことを教師が受けとめることで、子どもと美術館との間に余計な敷居をつくらなくてすむことがわかった。

また、2年2組の美術館での活動がより充実した背景には学級担任の住田先生の力があることも忘れてはならない。 ゆっくり歩き、足元に落ちている小さな石ころに気づき、手に取り、その石ころから物語を紡ぎ出すような美術館での学習にも落ち着いて取り組める2年生の姿は、図工の時間だけでは決して生まれない。 日頃から住田先生がささやかなもの、ことに目をむけ、考える習慣を子どもとともにつくっていたからであろう。 子どもが休み時間に外から帰ってくる際、下駄箱からはみ出した友達の靴を直してあげる光景を私自身よく目にした。 その行為に対して「ありがとう」と声をかけても子どもたちは「何が?」「この方が気持ちがいいもん」という表情をする。 生活習慣と図工は関係ないようで実は関係あるのである。 日常生活の小さな変化に気づき、それをより心地いいものに変えていく気持ちは、確実に美術作品から何かをみつける、みたてる、感じ取る姿につながっているのではないかと思う。

また、住田先生は生活科が専門の先生でもある。 授業を拝見していると決して無理に大きな花火は打ち上げることはなく、 子どもの目線に立ち、身のまわりの自然や人、ものごとからささやかな心地よさをみつけ、感謝する気持ちを育む授業が多かった。 みつけるという点では図工と生活科は密接に関連していることにも気づかされた1年だった。

2年2組の子どもたちには、この1年の美術館において多種多様な作品から様々なことをみつけてきた経験が、美術館に親しみを持ち、 自分や友達の作品、美術作品、そして身のまわりのものを鑑賞する力につながることを願っている。

(高松)

戻る

copyright © 2008- Tomoyuki Takamatsu, all right reserved.