戦没画学生慰霊美術館 無言館
2007年度6年1組

無言館とは「信州の鎌倉」とよばれる長野県上田市の塩田平にある美術館である。 第二次世界大戦で没した画学生の慰霊を掲げてつくられたこの美術館は、 信濃デッサン館の分館として1997年に開館した。館主の窪島誠一郎さんは、 自らも出征経験をもつ画家の野見山曉治さんとともに全国を回って、戦没画学生の遺族を訪問して遺作を蒐集した。
戦没画学生の作品は、出征する直前に「自分が生きていた証」として、 家族や故郷の風景など自分の原風景を描いたものが多い。 窪島さんは、この生きていた証としての作品について「もう一つの生命」という言葉を使っている。 戦死した画学生は「命」がなくなっても、作品の中に「もう一つの生命」としてまだ生きているのである。
戦没画学生慰霊美術館 無言館に行こう!

6年生になり、ある子どもの提案で、5年生の頃から続けてきた神奈川県立近代美術館での鑑賞と沖縄の平和学習から、戦没画学生慰霊美術館「無言館」(長野県上田市)について学習することになった。そして、無言館や館主の窪島誠一郎さんについて学習を進めるなかで、夏休みの「八ヶ岳の生活」(宿泊学習)で無言館を訪れようということになった。子どもたちは1学期に画学生伊沢洋さんの「家族」という作品を鑑賞した。とても裕福で幸せを絵にしたようなこの作品は、実は伊沢さんの空想画だということを知る。「貧しかった家族を絵の中だけでも…。」子どもたちは、伊沢さんの家族への思いを感じとった。この作品鑑賞から子どもたちは、自由に言葉をひろい想像を広げることだけが鑑賞ではなく、時代や作者の背景を知ることで見方がさらに深まる鑑賞もあるということに気付いた。
夏休みの宿泊学習で念願の無言館訪問は果たせたが、ふりかえりでは、「時間が短かったため、じっくり作品と向き合うことができなかった」「実際に訪れて無言館の重みが実感できた」「やりたい、やりたくないではなく、2学期も学習を続けるべきだ」「窪島さんに会って話が聞きたい」と多くの子どもたちから声があがった。
無言館鎌倉館をつくろう

そこで2学期は、再度学校で一つ一つの作品をじっくり鑑賞したり、 半年間続けてきた無言館の学習をとおして学んだことを 館主の窪島誠一郎さんに手紙 で伝えたりした。 また、「こすもぴあ」(学芸的行事)では無言館鎌倉館をつくって展示発表とギャラリートークに挑戦し、 在校生や地域の方々と交流をした。
無言館館主・窪島誠一郎さん特別授業

12月3日、子どもたちは憧れの窪島誠一郎さんをクラスに招いて特別授業を実現させた。窪島さんの授業は、自分が美術館をつくる際、近代美術館鎌倉館の当時(2代目)館長であった土方貞一さんに大変お世話になったこともあり、鎌倉小に深い縁を感じるという話から始まった。そして、子どもたち一人ひとりが書いた手紙の内容に丁寧にふれ、「絵をみることはその前に立つ自分と向き合うこと」とクラスで2年間取り組んできた鑑賞の大切さを子どもたちに説いた。また、「才能がなくても、画学生のように情熱をもって何かに取り組むことはみんなにもできる」と卒業を迎える子どもたちに言葉を残した。この出会いを機に子どもたちは小学校生活最後のおんがく会、そして卒業制作へと気持ちを高めていった。
おんがく会では沖縄戦がテーマの「HEIWAの鐘」を唄い、卒業制作ではアクリル絵の具をとおして画布と向かい合った。そして、お世話になった窪島さんに感謝の気持ちを込めて、おんがく会のCDと卒業制作画集を贈った。この卒業制作画集は、2008年秋完成予定の無言館第2展示館内「オリーヴの読書館」に収められることになった。
(高松)
慰霊美術館「無言館」 第2展示館がオープン 長野
~ 戦没画学生慰霊美術館 無言館 ~
2008年9月20日、「無言館」の隣接地に、展示室「傷ついた画布のドーム」、
図書室「オリーヴの読書館」から成る第2展示館がオープンしました。
所在地 〒386‐1213 長野県上田市古安曽3462
TEL 0268‐37‐1650
アクセス
(公共)上田電鉄別所線塩田町駅から徒歩30分/シャトルバス7分無言館入口下車徒歩5分
(車) 上信越道上田菅平ICから別所温泉方面に行き、別所温泉入り口左折後、前山寺入り口の看板を右折。ICから約30分/松本市内から約1時間
開館時間 9時~17時(7~9月は18時まで)
休館日 無休(展示替え期間は除く)
入場料 無言館、第2展示館共通で 1000円
※20名以上の団体は要予約
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